🔥やけくそ💩

2留1休医学生のぼやきを書くスペースです

あんまりである!

天売島へ釣りに行って帰ってきた日の次の日、確かに俺は一度うちへ寄った彼女を送り届けるのに半袖半ズボンで家を出たし、その日の夜は窓を閉め忘れてしまってかもしれない。その翌日から喉の具合が悪くなっていたのにバイト先のマネージャーからプレッシャーをかけられて休むのも忍びなく「ほんの2、3時間とだから……」と出社してしまったかもしれない。けれどそれだけでここまでひどい風邪を引かせることもないんじゃないんでしょうか、誰か様。

 

その不調を押してバイトに行ったのが火曜日で、こうやって今書いているのが土曜の深夜である。水曜日は熱が出て一日床に伏して終わった。木曜日も同じような感じだが、休めない講義には無理矢理出席し(出席カードだけ出して講義室を脱出)、テストは全く勉強できなかったので適当に埋めて出席した。歯医者の予約は延期した。金曜日も出席だけした。土曜日も予定していたデートは流れ、こうして一日家に居たまま終わってしまった。かなり無理して可処分時間を捻出してすべてを休息に費やしてなお体調はままならない。何をそんなに悪いことをしたというのか。

家に閉じこもっているとうんざりしてくる。アニメや動画を観たりしても大きな感動もなく。退屈する。スマホでツイッターやはてブを眺める。繰り返しである。何の意味があるのか。意味はない。

もっと有意義な過ごし方があるはずだと思う。本を読むなりCBTの勉強に手を付けるなり、だ。けれどそういうことはできない。水は低いところに流れる理論的なものだろう。この退屈デンプシーロールこそが今の環境における「低み」になっている。鞍点と言っても良いかもしれない。

一応普段やらないSteamのゲームにでも手を付けてる方がマシだと思ってL4D2を遊んだ。結論から言うとFPSはよくない。ごろごろしてる方がマシかもしれない。かつてCoD:BO、CoD4よろしく人生をそぎ取るように働いてくる。脳が死んだまま反射するようにプレイしてしまう。ただ長い時間を経て、特定の反応に大してわずかに両手が効率化するだけのことで、それ意外に何も生まれない。神経はすり減り、残るのはえも言われる虚しさだけだ。その癖目だけ冴え渡る。

 

何を書いても嘘のような気がしてくる。伝える力が足りないのだ。本質は胸の中にあるはずだが、それを上手く表現できない。社会(学校や職場などの狭いコミュニティを指して)を生きているとよく思う。ある人の印象や状態を外部から表現するにあたっては「その人に実際に起きている現実及び心理的現象」よりも「その人がどのようにその人の状態を表現するか」に依る部分が大きすぎる、と。平たく言うと「口下手は損してるよな」ってことなんだけど。そして自分のばあいは損をしている方だと思っている。つまりもう少し自分自信を演出することに力を入れてもいいんじゃないかと思っている・・・・・・

この話はやめよう。語るにつけ「自分はもっとかまってもらっていいはずだ」という悲しい叫びになってしまうので。これ以上理論的な妥当性のようなものを示そうとは思わないけど、この問題は実際に皆々にとって課題の一つなんじゃないかとは思っている。ネタツイートをするときにどれくらい盛るかって考えて、どれくらいRTされるかなって考えちゃう感じ。でもそういうことをよくよく考えると、「そう表現するってことを含めてその人の性質によるものだよね」とも言えてくる。そして性質は簡単に人柄と言い換えられるんじゃないか、となってくる(ナンダッテー!?)。他の人が観ていない聞いていない、紛れもなくその人が観たもの聞いたものを、どのように他人へ伝えるか、その様こそが人柄であったと発見するのかもしれない。

やめようと言いつつ元の話に戻すと、関心を得られないのはひとえに人柄の問題になってしまうことに気づくわけ。ああ、俺の人柄って何よ?って。自己嫌悪。