ヘトヘトになったとき!

1限から出席してずっと試験勉強して4限に試験を受けてバイトに行って帰ってきたら11時。明日も8:45から講義。休まる間もない。時間もなければ、心の余裕もない。

こうモヤっとするときは誰かにその思いをぶつけるのがきっと最も良い手続きなのだろうが、途中まで一緒に帰ってきた彼女とはあっさりと解散してしまったので、そういうもできず、気の重さを引きずったまま帰宅してしまった。

テストの採点をしたら6割に届かず55%で、再試験濃厚となればテスト後でも気は晴れない。二度と採点なんかしてやるかと心に誓った。少なくとも悲しくなる時間をずらすことができるのだから、こう余裕のないときにリスクを負うような真似をしてはいけない。

前回のテストで、前日の夜から勉強を始めて翌日のテスト直前までにギリギリで詰め込むというようなやり方で間に合ったので、今回も同じようにいけると思っていた。甘かった。

もっと彼女と一緒にいたかった。彼女だから一緒に居たいというよりは、誰か話を聞いてくれる人がそばにほしかった。だからさっさと別れて帰ってしまったことに、無念さがある。

こういう上手くいかなかったなという気持ちを上手く葬る手続きは、生活のサイクルの中に自然に組み込みたい。ゲームをめちゃくちゃにやるとか、果てしなくコーディングを続けるみたいな方法では、時間的圧迫が大きすぎる。もっと短時間で効果の高い方法でないいけない。

ここ数日別のプログラミングとかのちょっとしたメモや自分のセルフブランディングをするウェブサイトを作り直すべくコーディングしてるわけだが、とにかく時間がかかって仕方ない。徹底的にやらないと気がすまない質が完全に悪い影響を持ってしまっている。

この辺りの問題を直接解決するための手段というわけでもないが、生活の質をあげるためのものとして、楽器を始めてはどうかとぼんやり考えている。モノとしての候補はウクレレだ。ウクレレなら管理も簡単で音もそこまで大きくなくて、とにかく手軽だ。

ただ買ったらモノは手元に残るので、続けられなかったばあいは、見るたびに悲しい気持ちにならないといけないので、それなりにリスクがある。そんなことを考えて購入に至っていない。

ほしいものはいくつかある。テレビや本をしまうための棚は特に必要だ。家のレイアウト的に収まらなかった本棚を処分して以来、多数の本がまだ引っ越したままダンボールに収まっている。ソファを買ったが、ソファに座ってやることがないので、あまり座られない。自宅にいるときはもっぱらPCデスクにかじりついている。

モノを買うときの選び方も妥協したくないと思う。テレビも予算の中では最高のもの、棚も部屋にぴったり合うものでないといけないと思う。そうなると買うためには選ぶ時間とエネルギーが必要だが、それをかけることができていない。余裕がない。

 

とにかく、無念さみたいなものをこうやって吐き出して、そんなものはなかったような気分になりたくて仕方がなかった。しかし、なかなかままならないものである。