「うーん、うつ病かもね」

大学の講義とは別で世話になっている先生がいるのだが、一昨日のテストだけでなく昨日のその先生との予定もすっぽかしてしまった結果、深刻に案じられ、大学の保健センターで診てもらうように勧められ、大学の保健センターに行ってきた。

朝起きれないという理由で生活リズム更生プログラム?的なものをやっていたのだがろくに記録も付けられず、その後精神的にしんどいという理由で問診を受け、ちゃんとした検査の予定を立てようというところで連絡を取らないまま一ヶ月ほど間が空いていた。

そして今日、かくかくしかじかと今の状態を話した結果、題のように、うつ病かもしれないと言われた。

 

自分は正気で正常であると強く思い込んでいたこともあり、いざそのように言われると結構ショックなものである。ただ今の精神状態等をよくよく考えてみると、まあそうだろうな、という気もする。

おそらく決め手は最後に聞かれた「好きなこともやってて楽しくない?」という質問だろう。逃避でやっていたゲームもプログラミングも楽しくないのだ。うつ病の典型的な症状なのだろう。

ただ実際そう言われると、自分がそのような気がしてくるという心理的効果は無視できない。言霊みたいなものだ。結局昨日から「うつ病かもね」と言われたこと以外、自分の状態に大した変化はないのである。だのに、そう言われたから今までなかったような新たなうつ病っぽい症状を訴え始める(自覚し始める)のであれば、それは詐病だ。自分がこれからそういうものを生み出さないか、と思うと少々不安を感じる。

一方で、今までのdepressedな感情がそういう病気に因るものだ、と片付けられれば多少気が楽になるという側面もある。この辺の折り合いは、心境を整理していく上でこれから課題になってくると思う。

 

保健センターの面談を終えて、その足で世話になっている先生のところへ言ってあらましを告げると、先生もかつて研修医の時に軽いうつ病にかかったことがあると教えてくれた。言うには、そうなった人間は、家でじっと休んでいる方がいいタイプと、何かしらをやっていた方がいいタイプと存在するらしい。先生のばあいは後者で、抗鬱剤を飲みながらなんとか乗り切ったという。

このような分類が正しいとすれば、感覚として自分も後者のようなタイプな気はする。過度なストレスのかからない程度に達成感を得られるような何かに手を付けている方がいいのかもしれない。

 

帰りがけに、かつて一緒に苦楽をともにした部活(現在は休部中という扱い)の先輩に遭遇した。久々で、自分が学業面でかなり酷いことになっている噂を聞いて心配していた。「うつ病になったかもしれないっす〜」などと言うと、「久々に顔出したらどうだ」とミーティングに誘われた。自分の今はこんなであり、正直言って全く気乗りしなかったが、しつこつ誘ってくるので、その後の飲み会には呼んでくれと言っておいた。抵抗はかなりあったが、こうして強引に押してくれる方がありがたかったりもする。そのまま帰っていたら、そのことで却って落ち込んでいたかもしれない。

幸いにして自分は周りの人間にも恵まれている。かつての部活の仲間もそうだし、自分のことを気にかけてくれる目上の人間、友人、彼女(まだこれらのことは話してないが)がいる。なんともありがいことである。

 

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今後の話。これは今のところ検討課題だが、留年はするだろうにしてもすぐ来学期を始めるのでなく、一年間休学するの手だとも言われた。心を休ませ、しがらみから開放された状態でいかにしてこの先を生きていくかを考える時間を取るのは悪くないことだろう。

学部が学部なので、1浪、2流、1休学しても再受験みたいなものだと思えば多少の慰みにもなる。いや、医学部でなくともこの社会どこにでもそういう時間のかかりすぎてしまう人間は一定数いるのだ。そしてその時間は一秒たりとも無駄ではない。真剣に自分の人生に向き合って生きていれば、それはきっとその人にとっての貴重な財産なのだ。 

 

 

ちょっと前向きなことを書いたりして自分を鼓舞しつつも、とりあえず。とりあえず、明日から無理して大学に顔を出す必要性はなくなった。サボるための正当な言い訳がきくのだ。適当に好きなことをしていればいいのだ。もう頑張ろうとする必要はない。時間はある。ただ今は休息を取るべき時なのである。

 

 

★★★追記(2015年12月13日)★★★

もしかしたら「うつ状態」だったかも。どのみち年明けに検査する予定なので、そこではっきりするし、そうだったからと言ってこれからの行動に違いもないので、そのままにしておく。書きなおすの面倒くさいからね。追記だけで勘弁してね。