全力で逃げられなかった2

[http://yakekuso.hatenadiary.jp/entry/2014/08/31/184821 の続き

鎌倉の由比ヶ浜から西に歩き続ける。
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するとこんな景色になる。いい感じの崖なのでハーケンでもクライマーに打ち込まれてないかと思ったけど見つからなかった。
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裏側から上に上がるとこんなものがある。相変わらずの天気。晴れていればなかなかの景色だったと思われ、少し残念。
この背後にはコッホの碑がある。北里柴三郎がコッホを日本に招いた際に、コッホがここからの富士山の眺望にひどく感動したことによるそうだ。もちろんこの日は富士山なんか見えなかった。


北東パスだけはあるので鎌倉から乗りたかったが、雨も少し降ってきて傘もなくそこそこの距離を歩いていたので歩いて戻る気もせず、稲村ヶ崎駅から江ノ電に乗り鎌倉へ。そして鎌倉から横須賀線で横浜へ戻る。


横浜で降りて、西口を相鉄線沿線に歩く。平沼橋辺りに俺が小学生の頃通っていた個人塾があり、そこへ顔を出した。
今年で71になる塾長はまだまだ現役。塾長の他には三人先生がいてそのうちの一人とはちょくちょく連絡を取っていて、俺のこの先の話などしばらく駄弁っていた。
それで聞いた話、塾長は教え子の母親たちを五人も日替わりの愛人?として抱えているらしい。
当時は知る由もなかったことを聞き、驚く。
バイタリティの高い人で、かねてから「俺が死ぬのは腹上死だ」と言っているというのは聞いていたが、恐ろしい話である。


帰ってからは家族でエヴァを見ながら酒を飲んだ。ここまでが29日。


30は六時半頃に実家をでた。
湘南新宿ラインで宇都宮、東北本線で黒磯→郡山→福島→仙台。
そのまま帰ってもよかったが、せっかくなので東北大に行った友人に会いに行き、そのまま一晩世話になることにした。
今でも交流のある数少ない高校時代の友人だ。
少し前からプログラミングをしたいから教えろと言われちょいちょい教えてはいたが、今回は「ツイッターのアプリ作りたい」と言い出した。
PCで使いたくてMacは使う予定はなくスマホ対応は不要ということで、GUIの構築が楽にできるC#を勧める。
全く何も知らない状態だったので本くらい見繕ってやろうと思って本屋に行くもあんまりいい本は見つからず。

俺も思うし本人も言っていたが、やっぱりプログラミングを学ぶのは始めが難しい。ゲームなら序盤に努力を促す飴を与えるシステムがあり、その後の辛いステージでも頑張れるが、プログラミングは楽しくなるという飴を貰えるのが結構先だよな、と。

とりあえず彼の家に行ってからVisual Studioをインストールさせて少しやらせてみたがあまり感触がよくない。
ボタンをおいてイベントハンドラ紐付けて…とかコードで再現すると面倒なことが簡単に出来て、俺がそんなのを最後にやったのはDelphiで、それも離れて久しく「(なんて楽なんだ…)」とか思ってたが、そこまで感動的ではなかったようだ。

今思うとあえてCでWin32APIでウィンドウを作るコードを書かせてからC#を教えてもよかったかな、とか思ったり。
やっぱりどんだけお膳立てしたところで、やる奴はやるだろうし、やらん奴はやらないんだろうな、というよくあるプログラミング入門って感じ。

そんな感じで酒を飲みつつマンUの試合を見つつ(彼が海外サッカー好き)、気付いたら寝てた。


疲れた。続く。